ドングリ王国 ペっぽこ2人旅

ドングリ王子とぺっぽこ姫の 彼方此方すったもんだの揚げ句の気侭自由旅

両替屋へのリベンジをピザ屋で(すこしだけ)果たす。 2月11日

近くのホテルのビーチサイドのレストランへピザを食べに行った。
支払いを済ませての道すがら、どうも勘定が合わない気がする。

支払いが安すぎる。どう考えてもビール追加の3本分が入っていない。

今日でバリに来て4日目、両替しても外食しても、
ホテルに帰ってきてチェックするといつも手持ちの現金があわなかった。

ちょっとづつ残金が足らない。不思議なほど計算が合っていなかった。

それが、どうだ。
今日はプラスになってしまった。

まあ、どちらでもいいか。

時間がゆっくりなので、日本のようにスケジュールを立ても意味がない。

食事に外に出ただけで、それでもしっかりと充足感が残る。

象が蚊を踏みつぶす、へ続く




バリ島定番格安ツアー参加の記 2月10日

今日は、バリ島の観光ツアーに出かけた。

着いた時空港に置いてあったパンフレットを両脇に抱えるほど集めてきた。
その中から定番お決まりコースで格安なのを探して予約した。
ともに10数年ぶりのバリなので、ちょっと回ってみることにしたのだ。

約束の時間にホテルへお迎えが来た。
上手に日本語を話し、愛想のいいガイド氏。
車はボックスカーで、エアコンもしっかり効いている。

朝から夜遅くまで、島を北から南まで、お寺巡りにケチャダンス云々、ランチもディナーも込みだ。エアコン完備の専用車で一人4500円.
盛りだくさんの格安ツアー。

どこかに落とし穴があるはずだと思いながらも、まずまずのスタート。

ウブド方面に向かい途中、ろうけつ染め工房、絵画工房に立ち寄る。
何も買わない。

木彫り、陶器、シルバーの店にも行くかと聞かれるが、
これもパス。

多くの会社からいろんなツアーが出ているが、物価の安いバリとはいえ、
このツアー代は破格値だ。何しろ13時間、2食付きだ。
お土産屋に寄るのはしょうがない。

きれいな田園風景が広がる。
南部のビーチとは違い、爽やかだ。緑濃い田んぼが続いている。
青々として棚田が続いているのは気持ちいいし、その向こうにヤシの木が風にはためいているのは、いかにものどかだ。

でも、しょせん田んぼだ。

ライステラスと呼ばれようが田んぼは田んぼ。

きれいだろうとガイド氏は言うが日本の田舎からきた我々にとっては、
我が家の近くにもおんなじようなライステラスはあるよなって思う。

バツアン寺院。
特にこのヒンズーのお寺がどういう由緒かはわからない。外国人見学者も他には見当たらない。
ちょうどあちこちお土産ショッピング屋の近くにあるので、ちょっと体裁作りに立ち寄った感もあった。
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ただ、境内の中では、近所のおばさんたちがお供え物などを作っている。
お祭りが近いのだろうか。なんでもバリ島のヒンズー寺院は創立祭を毎年やるとの事。
そのお寺がバリ島全土に2万以上あるらしい。
それだけでもバリ島では、毎日どっかこっかで祭礼があるということになる。

バリの民家
突然、車を止めて普通の家に入っていった。住んでいる人も驚きもせず、かといって歓待もせずといった民家訪問だ。
ツアー会社と契約をしているのだろうか、それともガイド氏の親戚筋なのか。

ゴア・ガシャ
9世紀から11世紀にかけて栄えたペジェン王朝の遺跡。
僧侶の瞑想、隠遁所らしい。
ユーモラスな石像の口から中にはいるとちょうどT字型に洞窟が続いている。
むっとする湿気と線香の煙が充満していてる。
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このペジェン王朝の最後の王ベダ・ウルについて面白い伝説が残っている。

『ある日、魔力を使って召使いに自分の首を切り落として遊んでいると、あやまって首を川に落としてしまった。
あわてた召使いは豚の首を切ってのせた。
以来、王はその姿を恥じて高い塔の中に引きこもったが、目ざとい子供にそれを見つけられ、「首をつけかえた王持つ王ベダ・ウル」のうわさが広まり威信を失った。
ベダ・ウル王を最後にペジェン王朝は崩壊し、・・』(バリの魂・バリの夢、大谷昭子)

ブサキ寺院見学
標高1200m。バリ島最高峰、3千百メートルのアグン山の中腹にある。
このブサキ寺院はバリ・ヒンズー教の総本山で、アグン山自体大いなる霊力を持つ神々の山として知られる。
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その、すごい大霊力を持つことが、今からちょっと前に証明された。

『古文書によるとブサキ寺院は百年ごとに大祭を行っている。
しかし以前に行われた記録がない。
それが、いろいろな理由付けによって、1963年に突然に大祭を執り行うことが決められた。
大祭の準備を始めていると、アグン山から噴煙が上がり始めた。
神の怒りをかったといわれ、大祭の中止を求める声の中、祭礼は強行された。
噴火と爆発は依然収まらず、1週間にわたって噴火を続け、死者千五百人にのぼったとされる。
ブサキ寺院にいた人々の多くは、逃げる余裕があったにもかかわらず、そのまま祈りを続けたという。』(バリの魂・バリの夢より要約)

まだまだ、現役の恐い神々が住む山であり寺院であるようだ。

キンタマーニ高原 ここでランチ
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ツアー定番コースの大メジャー観光スポットだが、いい景色だ。
バトゥール山とその裾に湖が広がっている。テラスにいると風が心地よい。
海岸ばたに比べて湿気も少ない。爽快な気候だ。
ただ、この時期は、中国の旧正月にあたっているせいか中国人がわんさかいる。
バリ島自体中国人、韓国人のツーリストが団体で押しかけてきているようだ。

バリ雑貨ショップ
これもツアーに組み込まれていたので、立ち寄ったが、なにしろ高い。
アジアン雑貨というと、多少はしゃれっぽい良いセンスのものを想像するが、全く当てはずれ。
購買意欲をこれでもかと減少させるほどの品揃えで、店内も薄暗い。
これでは誰も買わないふた昔前の典型的ぼったくりお土産屋だ。
まあ、ガイドのお付き合いとする。

ウルワツでケチャックダンス見学
ウルワツ寺院は、バリ島の南の端の断崖絶壁に建つ。
寺院の境内でのケチャダンスは有名な観光スポット。
このウルワツ寺院は境内に猿がいっぱいいて、観光客に悪さすることでも有名だった。

この猿にメガネをとられた。あっという間に、持っていかれた。

やられた!
って思っているとローカルの少年が、うまいこと取り返してくれた。

少年からメガネ眼鏡を返してもらうと、今度は少年がチップをよこせと言う。
しょうがないから1000ルピアを渡してやるが、少年は不満げだ。
もっとよこせと言う。

きっと彼は猿使いの少年なんだ。かれらはきっとグルに違いない。
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しかもこの猿の襲撃は陽動作戦だった。
このさる騒動にまぎれて、こんどはチンクル(ウチのかみさんです。)が攻撃に遭った。
彼女が持っていたショルダーバックのキリンマスコットが奪われてしまった。
そればかりかそのマスコットをずたずたに引き裂いているではないか!
エテ公、テメイ!地獄に堕ちろ!

このウルワツ寺院のケチャダンスは、夕日バックの幻想的ケチャダンスで付加価値いっぱいとモノの本に書いてあったが、その通りだ。
猿の襲撃劇までついたダイナミックなツアーだ。

まあ、ケチャダンスは、
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あいにくの曇り空で真っ赤な夕日をバックのケチャダンスとは行かなかったが、それはそれで納得いく出し物ではあった。

シーフードディナー
怒りと悲しみの中、気を取り直して、ジンバランで海鮮料理となった。
ジンバランとはバリ島で海鮮料理を食べさせる店がズラーっと並んでいる有名どころ
まあ、格安ツアーということで、多くはもちろん期待はしてないが、それでも海鮮だ。

連れて行かれたその店はまさに格安ツアー様ご一行いらっしゃーい、と言う店だった。
店内はがちゃがちゃとやかましい中国人グループであふれかえっていた。
メニューは、味のない魚スープ、小さくて規格外になってしまったような黒こげの海老、あぶらっぽいアジの干物のような焼き魚、アサリの貝殻の中にシジミの身が入ったヤツなど。
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隣のテーブルを見比べると、その中国人グループの皿にも同じようなものが載っている。
でも小さいながらもカニがあるではないか。

どうも我々の食事は、格安ツアー御用達レストランの中の最低メニューのようだ。

なんといっても相場半額の激安ツアーで、猿の襲撃というアトラクションも付いていた。
夕食は近年まれに見る不作というものの、まあ合格レベルではあるか。

何と言って激安ツアーだ。
安いんだから、と納得してはいけないのだけれど・・・。



両替屋へのリベンジをピザ屋で(すこしだけ)果たす。
へ続く


バカ話のしっぺ返し。 2月9日 夜

夕食は、ホテルで取ることにした。

このタムカミホテルは、全室20室足らずのこじんまりしたホテルだが、
それでもプールサイドに一応レストランを持っている。

我々4名はバリ料理、インドネシア料理、それにインドネシア産のワインを何本か開けた。
今回同行のF氏は、幽霊・心霊嫌いだ。
いつも首からお守りをぶら下げ、胸のポケットには、なぜか数珠を持ち歩いている。

今回の旅行でも例外ではない。

それでいて霊の恐い話には積極的だ。

ともに以前旅行会社に30数年勤めたことがあり、香港、サイパン、スペインそしてカナダのとあるホテルの幽霊話に話題は世界を飛び回った。

その話が、いつの間にかバリ島の精霊たちを呼び寄せてしまったのか。

バリではまだ黒魔術が浸透している。
ブラックマジックをかけられてしまったら、白魔術使いのところに行って御祓いをしてもらわないといけないらしい。

回りのテーブルの客もいつの間にか席を立ち、我々だけになった頃、
やっとお開きになる。

部屋に戻って、ちょっと立った頃、電話が鳴った。

「ちょっと来てくれ。部屋が変だ。ちょっと来てくれ。」
F氏からの電話だった。

慌てて、彼の部屋にいくと、

白いタイル床に真っ赤な血が点々としたたり落ちている。

おもわず、みんなで天井を見上げた。
天井はなにもないかのように真っ白のままだ。

どこか怪我でもした?

そんな問いかけにも、かなり酔いが廻っているF氏は、

「怪我なんかしてるわけ無い。」

ただただ、おびえるばかりだった。

バリ島定番格安ツアー参加の記、へ続く



バリ島 早速、両替屋で洗礼 2月9日

ホテルで朝食。ミールクーポン利用。
アメリカンのセットメニューの朝食だ。インドネシア風の朝食に変更してもらった。

朝食後、ホテル界隈のサヌールの町を徘徊することにした。

途中で、現地通貨ルピアへの両替を行った。

町には観光地らしく、あちこちに両替商が看板をだしていて、それぞれレートも違う。モノの本によると両替の時に換算をごまかされることがあると聞いていた。
あまり高レートのところは、気をつけた方がよいとも書いてあった。銀行でもゆだんならないとも。

それでもやっぱり一番よいレートを掲げた店に入っていった。
その店はちょっとしたお土産屋の奥にあった。
鮮やかな手つきで両替し、現地通貨ルピアを机の上に並べた。その仕草自体も鮮やか過ぎてすでに胡散臭い。
電卓片手に何度も確認したにもかかわわず、ホテルに帰って来て残金をチェックしたら、約140000ルピアほど足らない。

大体、ルピアは高額紙幣風だ。100ドルで940000ルピアにもなる。
だからその紙幣はいたずらに0がずらずらと並ぶ紙幣が何十枚と渡される。

見事な札捌きもすばらしいが、使用する電卓まで細工がしてあるらしい。

次回の両替も、やっぱり同じ店に行って、リベンジを計らなくちゃ気が収まらない。

バカ話しのしっぺ返し、へ続く




関空からバリ島へ 2月8日

名古屋からの便が上手く手配できなかったので、今回は関空からの便を利用した。

この関空で両替した。

いくつかの銀行が両替しているが、R銀行が若干レートがよかった。
その上、JALのマイレージも溜まるしくみになっている。

出国審査後にあるS銀行では、特別割引レートなんてのもあった。

さすが商都、そこいらの商店街顔負けの商売センスだ。

極めつきは、空港ロビーにデスクを設けたカード会社の新規勧誘。
カードの新規勧誘はどこでもある光景だが、
大阪のは、勧誘の仕方がちょっと違う。

我々への呼びかけが「お仕事は社長さんですか?」

「シャチョウサン、シェンエン、シェンエン、ミッツシェンエン」なんて、どっかで良く聞くフレーズだ。

おかげで、大阪まで来ただけで、すっかり日本を出国した気分にさせてくれた。

関空発、17時40分 日本航空。
バリ島 23時半に到着。

空港からは、あらかじめネットで手配していたホテルへ移動。
チェックインして、落ち着いたのは深夜2時を過ぎてしまった。

それにしても、どうして熱帯の夜は、こうも空気が重いのか。
ねっとりとして、空気にも重厚な匂いがある。

ちょうど日本の夏に草地へ入ると、「草いきれ」に圧倒される事があるが、
熱帯の木々、草々は温帯のそれらに比して何倍もの呼吸をしているのだろうか。

その空気の中にプルメリアなどの花の香り、雑多なスパイスの匂い、そんなものが生暖かい湿気の中にごちゃまぜになって漂っている。

そんな空気の深い層の中のを泳ぐようにして歩き廻ることになる。

バリ島 早速、両替屋で洗礼 へ続く